2012年5月9日、ミュージカル『エリザベート』が帝国劇場で開幕しました。
初日カーテンコールの模様を紹介します。(とっさのメモ書きなので、多少違うかもしれませんが雰囲気としてご覧くださいませ)
「いやー楽しかった」という高嶋さんの挨拶でスタート。「この方は神なのではないか」と呼びこまれた小池修一郎さん。「今日で904回です。全ての公演に出演している方、ちょっと手をあげてください」と小池先生の紹介で、手をあげた方々に拍手が送られました。その後、「今回初参加の方手をあげてください」と促すと、そこで手をあげた方にも拍手が送られました。
この後、小池先生のまさかの言い間違いハプニングがありましたがご愛嬌ということで、にごしておきます。春野さんから挨拶が。
春野「初めてエリザベートとして参加させていただいています。スタッフや共演者の皆様のお陰で舞台に立たせていただいております。多くの方に愛されている『エリザベート』という作品が更に愛されるよう、頑張って参りますので宜しくお願い致します」。
「続いて、石丸さん」と突然振った小池さんの言葉に若干驚きながら
石丸「(初めてじゃないけど、)私でよろしいのでしょうか・・・(笑)。初日に春野さんとご一緒させていただきました。ありがとうございます。春野さんからパワーをいただいて務めました。一箇所歌詞が出なくて・・・ ありがとうございました!」
闇が広がるのシーンで一箇所出てこなかったのですよね。初日ならではの緊張感でした。
そしてその後、客席でご観劇になっていたミヒャエル・クンツェさん、シルヴェスター・リーヴァイさんが舞台上に登場しました。
クンツェ「エリザベートは20周年を迎えました。これまで世界中で上演されて来ました。日本でも上演され、たくさんのお客様にご覧頂き感謝しています」。
リーヴァイ「(日本語で)おはようございます、みなさん。(通訳)皆さんに感謝しています。(また日本語で)とても素晴らしかった。本当にありがとう」。
その後、リーヴァイさんは客席の大きな拍手を(高嶋さんがやっていたように)自分の手で締めたかったようで、それにあわせて拍手が締められるとすごく嬉しそうな表情をしていました。
最後に高嶋さんから挨拶。
高嶋「日々進化していくエリザベート。今回はウィーンと日本のコラボ、ハンガリー出身のマテ・カマラスが登場します。明日から色んなキャストが出ますので、どうぞ宜しくお願いします!」。
以上が初日カーテンコールのレポートです。
終演後、劇場出口では読売新聞号外も配られ、熱気覚めやらぬ劇場を後にしました。
製作発表の時、小池さんは
「92年の初演時にクンツェさんがパンフレットにお書きになったこと、そして私が初めて宝塚でやる時に打ち合わせした時に何度もおっしゃったのが、『エリザベート』という作品は、動乱の時代、変革が起きることのシンボルなんだと強くおっしゃっていました。その時私はまだぴんとこない部分もございました。単純 にいうとハプスブルク帝国だったオーストリアを除いて国々が共産圏になっていった。それがベルリンの壁が崩れて、ハンガリーからチェコとか東ドイツの人が たくさん流れてきた。崩壊したハプスブルク帝国の国々がもう一度手を携えて再生へ向かうことへの願い、みたいなものを込めてお作りになったそうです。この 物語が日本で14年、帝劇で11年やってきて、今、逆に私たちにとってリアルな物語になっているなと思います。エリザベートの生き方、そして国のいろいろ な運命といったもの、その行く末が見えない中で生きていくというところは、私たちの今の日本の関係性と被るところがあると思っております。時代を超えて生 き抜いていく作品だと改めて痛感しております」
と語りました。
昨年震災や原発の問題があり、混乱に直面した今の日本で、5ヶ月かけてこの作品がどのようなうねりを見せるのか、見守りたいと思います。
昨日、見て感じたことを記したいと思います。個人的な感想ですし、ネタバレです。
春野寿美礼さんのエリザベートが昨日新たに誕生したので、エリザベートを中心に色々なことを考えました。
屈託ない笑顔で天真爛漫に育った若い頃が何ともかわいらしい。フランツと出会い結婚する喜びを全身で表すエリザベート。結婚翌朝から義母ゾフィに追い詰められ、徐々に険しくなる表情。自我が芽生え、自分のことは自分で決めると心に誓う清々しい姿。しかしそれだけでは上手くいかない現実。いつしか愛するフランツをも敵ととらえ、現実から目を背けたくなる日々。気がついたら心の中で大きくなっていくトートの存在。息子の死をきっかけに、更にその存在は大きくなる。
もしかしたらエリザベートは現実の世界から逃避したい気持ちが強まり、ある意味空想の世界に入り込むことを心の拠り所にしていたのかもしれない。精神病院で出会った女性に「私があなただったらよかったのに」と語り、亡くなった父親に思いを馳せ、気に入った詩人に没頭し傾倒する。
幼少の頃、木から落ちた瞬間にシシィ(エリザベート)の前に表われたトート。実はこの時は偶然の事故だったのかもしれないが、もしかしたらその出会いをきっかけに、いつしかトート(イコール死神)の存在を認めることにより、どこか安心感を持っていたのかもしれない。
エリザベートの息子、ルドルフにもトートの存在は子供の頃から見えている。これを考えると、ルドルフもまた、母親と離れ離れで育った寂しさから現実逃避し、心の拠り所を探しさまよっていたのかもしれない。
色々考えると、これはハプスブルクを題材にした芝居でもあるけれど、誰しも心の拠り所を探してさまよっている部分があると思う。改めて深いなぁと思った。







